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神戸地方裁判所 昭和60年(行ウ)30号 判決 1987年11月30日

原告

前野穰

原告

前野田美子

原告

前野郁子

右三名訴訟代理人弁護士

太田全彦

被告

伊丹税務署長

茨木清

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右両名指定代理人

竹中邦夫

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告伊丹税務署長に対し

(一) 被告伊丹税務署長が原告三名に対し昭和五八年五月二七日付けでなした昭和五二年一二月二九日相続開始にかかる相続税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

(二) 訴訟費用は被告伊丹税務署長の負担とする。

2  被告国に対し

(一) 被告国は原告前野穰に対し金一二七万七六〇〇円、同前野田美子に対し金二六九万八七〇〇円、同前野郁子に対し金一二四万九六〇〇円及びそれぞれに対する昭和五四年四月一日から支払済みに至るまで年7.3パーセントの割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告国の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  被告らの請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  被告国は、更に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告伊丹税務署長に対する関係

(一) 訴外前野善栄(以下「被相続人」という。)は昭和五二年一二月二九日死亡したが、原告前野穰はその養子、同前野郁子はその二女、同前野田美子はその三女でいずれも被相続人の死亡による遺産相続の共同相続人である。

(二) 原告ら三名は、右相続にかかる相続税の申告につき、昭和五三年六月二九日付けで「相続税の申告書」の該当欄に別表一(1)のとおり記載して被告伊丹税務署長(以下「被告税務署長」という。)に提出した。

これに対し、被告税務署長は昭和五四年一二月五日付けで別表一(2)のとおり相続税の課税価格等を減額する更正処分をなした。

(三) ところで、その後、昭和五四年一二月ころ伊丹税務署担当係官中野健より原告らに出頭呼出があり、同月二〇日に伊丹税務署に出向いたところ、同係官より被相続人が生前訴外山幸地産株式会社(以下「山幸地産」という。)に対し九九六万〇〇六六円の貸付金債権を有していた外有価証券を有していたから、これらが相続財産となるべきところ(相続税の課税価格に算入すべきところ)申告書には記載されていないため、修正申告をなすべき旨説明された。原告らは被相続人が山幸地産に右貸付金債権を有していたなどということは生前に被相続人から聞いたこともなく、又借用証に類する証拠書類も見たことがないので、修正申告には応じられない旨述べたところ、同係官は執拗に修正申告を迫り、若し仮に右貸付金債権が存在しないときはその旨の嘆願書を提出すれば修正申告を取消して納付税を還付する旨、したがつて、とりあえず修正申告書に捺印するよう申し向け、その旨の修正申告書を担当係官自らが作成した。原告らは係官の説明にもかかわらず貸付金の存在は知らなかつたから修正申告書に捺印を躊躇したが、担当係官の「貸付金が存在しないときは嘆願書を出せば修正申告を取消し納付税を還付」する旨の確言を信じ、ついに同係官の作成にかかる修正申告書(別表一(3)のとおり該当欄に記載されている)に捺印した。

被告税務署長は昭和五四年一二月二六日付けで右修正申告にかゝる納付税額を基礎として別表一(4)記載のとおり過少申告加算税の賦課決定処分をし、更に昭和五五年三月三一日付けで別表一(5)記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(四) 原告らは右修正申告書に捺印後相続関係書類を調査したが、山幸地産に対する被相続人の貸付金債権の証拠書類になるようなものは何もなかつた。

しかし、担当係官の言に従つて山幸地産を訪れ、被相続人の山幸地産に対する右貸付金九九六万〇〇六六円の返還を求めたが、山幸地産代表者から言下にその存在を否定された。

その後、数回に亘つて原告らは山幸地産を訪れたが、結局貸付金の存在は否定されたまゝ原告らにもその手がかりとなる書類は遂に見出すことは出来なかつた。

(五) そこで、原告らは担当係官中野健の指導のとおり、貸付金は結局存在せず修正申告が誤つていたことになるから取消してほしい旨の嘆願書を昭和五五年一月二六日に被告税務署長に提出した。

しかるに被告税務署長は、当初の指導内容に背いて減額処分を行わなかつたばかりか、嘆願書提出後二年六か月もの長期に亘つて原告らに対し何の連絡もしないでこれを放置したので、原告らは昭和五七年九月一〇日に更正の請求をなした。被告税務署長はこれに対し昭和五八年五月二七日付けで、昭和五二年一二月二九日相続開始にかかる相続税の更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨通知書を原告らに送達してきた(以下右通知書送達による処分を「本件通知処分」という。)。

原告は昭和五八年七月二一日に異議申立てをしたが同年一〇月二〇日付けで却下されたので、更に昭和五八年一一月一九日に審査請求をしたが、昭和六〇年五月二七日付け(原告が六月一一日と主張するのは明白な誤記と認める)で審査請求を棄却する旨の裁決書が昭和六〇年六月一二日に原告らに送達された。

(六) しかしながら、本件通知処分は次に述べる理由により違法であるから取消されるべきである。

すなわち、一般的には嘆願書の提出は被告税務署長による更正処分の発動を促す趣旨のものにすぎないから、被告税務署長は嘆願書のとおり更正処分をなすべきことを義務づけられるものではない。しかし、本件の場合は、伊丹税務署担当係官が原告らに対し貸付金債権が存在しないときは更正期間徒過後においても「嘆願書を提出すれば修正申告を取消し、納付税を還付する」旨確約した以上、租税法における信義誠実の原則からいつても被告税務署長において職権により減額更正処分をしなければならない義務を負うものといわなければならない。原告らの嘆願書はかゝる被告税務署長による更正処分の職権発動を促す趣旨で提出されたものであり、原告らの本件更正の請求も同じ趣旨でなしたものであるといわなければならない。

被告税務署長は更正の請求が期間を徒過しているとして異議申立を却下しているが、更正の請求が期間を徒過していることは修正申告書に捺印した時点で既に徒過していることが明らかであつて、伊丹税務署担当係官はそのことを知悉しながら前述の確約を原告らになしたものであるから期間徒過を却下理由とすることはできない。

(七) 以上のとおりであるから、原告らは被告税務署長に対し前記請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

2  被告国に対する関係

(一) 原告らは、伊丹税務署担当係官中野健の示唆ないし強要によつて前記貸付金九九六万〇〇六六円が存在しないのにこれあるものと錯誤し、これを相続税の課税価格に算入した本件修正申告書に捺印したものである。

したがつて、本件修正申告書はその重要な部分に錯誤があり、無効であるといわなければならない。

(二) 一方、原告らは左のとおり本件修正申告並びに更正処分にかかる相続税を分割して納付した。

支払日

支払人

支払金額

支払名目

支払場所

五三、六、二九

前野穰

五、六六六、六〇〇円

本税

大和銀行川西支店

五三、六、二九

前野田美子

二、一九七、三〇〇円

本税

大和銀行川西支店

五三、六、二九

前野郁子

一、五四七、六〇〇円

本税

大和銀行川西支店

五四、三、三一

前野穰

一〇、八二〇、〇〇〇円

本税

池田銀行山下支店

四三八、六〇〇円

利子税

五四、三、三一

前野田美子

一一、〇〇〇、〇〇〇円

本税

池田銀行山下支店

四四五、五〇〇円

利子税

五四、三、三一

前野郁子

一〇、〇〇〇、〇〇〇円

本税

池田銀行山下支店

四〇五、〇〇〇円

利子税

五五、一、一八

前野田美子

二、一六二、四〇〇円

本税

大和銀行川西支店

二七四、九〇〇円

加算税

五五、二、 四

前野田美子

二七七、九〇〇円

延滞税

大和銀行川西支店

五五、五、一三

前野穰

九三、五〇〇円

延滞税

太陽神戸銀行川西支店

五五、五、一三

前野郁子

七八、六〇〇円

延滞税

太陽神戸銀行川西支店

(三) 本件修正申告にかかる誤納金はそれぞれ原告前野穰金一二七万七六〇〇円、原告前野田美子は金二六九万八七〇〇円、原告前野郁子は金一二四万九六〇〇円であるから、原告らは被告国に対し前記請求の趣旨記載のとおり誤納金の還付と誤納金を納付した日の翌日である昭和五四年四月一日から支払済みまで国税通則法所定の年7.3パーセントの割合による還付加算金の支払いを求める。

二  請求の原因事実に対する被告らの認否

1  被告税務署長の請求の原因に対する認否

(一) 請求原因(一)項は認める。

(二) 同(二)項は認める。ただし、別表一(1)の原告前野穰の納付すべき税額は一六四九万六六〇〇円である。また、別表一(1)ないし(3)及び同(5)の納付すべき税額欄記載の金額は、いずれも納付すべき税額から納税猶予税額を控除した申告期限までに納付すべき税額である。

(三) 同(三)項は、同項のうち、「ところで、その後……」から「……修正申告をなすべきである旨説明された。」までの事実、原告らが修正申告書に捺印したこと、右修正申告書の内容は被告税務署長の担当係官が代筆したこと及び「被告税務署長は昭和五四年一二月二六日付けで……」から「……賦課決定処分をした。」までの事実は認めるが、その余は否認又は争う。

なお、右修正申告書は被告税務署長の担当係官中野健がその内容を代筆し、それに原告らが自ら捺印して提出したものであり、その際、奥田實税理士が同席して右修正申告に関与したものである。

(四) 同(四)項は不知。

(五) 同(五)項は、同項のうち、原告らが嘆願書を昭和五五年一月二六日に被告税務署長に提出したこと、被告税務署長が減額処分を行わなかつたこと、嘆願書提出後二年六か月の間応答をしなかつたこと、及び「原告らは昭和五七年九月……」から「……六月一二日に原告らに送達された。」までの事実は認めるが、その余は否認又は争う。

(六) 同(六)項については争う。

2  被告国の請求の原因に対する認否

(一) 請求原因(一)項については争う。

(二) 同(二)項については認める。

(三) 同(三)項については争う。

三  被告らの主張

1  被告税務署長の主張

被告税務署長は、本件相続税課税の経過及び本件更正の請求に対して被告税務署長のした更正をすべき理由がない旨の通知処分の適法性について次のとおり主張する。

(一) 本件課税の経過について

本件相続税課税の経過及びその内容は、別表二課税の経過表に記載したとおりであるが、更に補足すれば次のとおりである。

(1) 原告らは、昭和五三年六月二九日付けで昭和五二年一二月二九日死亡した被相続人に係る相続税の申告書を被告税務署長に提出したが、右申告内容には以下に述べるとおり誤りがあつたので、被告税務署長は、昭和五四年一二月五月付けで原告らに対し、相続税の更正処分をした。

(2) 被告税務署長が右相続税の更正処分をした理由は、原告らから相続財産として申告がなされた次の不動産の評価額に誤りがあつたからである。

不動産の表示 川西市多田院堂徳三番地

田 一四八平方ートル

原告らは、右不動産を二五九四万三八〇八円と評価した上、それぞれ右評価額の三分の一を相続財産の一部として申告をしたが、被告税務署長の調査によれば右不動産の適正な評価額は八四万六五六〇円である。

(更正に伴う右土地の評価額の異動)

取得者評価額

申告に係る評価額

更正に係る評価額

増減差額

前野穰

八六四万七九三六円

二八万二一八七円

△八三六万五七四九円

前野田美子

八六四万七九三六円

二八万二一八七円

△八三六万五七四九円

前野郁子

八六四万七九三六円

二八万二一八六円

△八三六万五七五〇円

総額

二五九四万三八〇八円

八四万六五六〇円

△二五〇九万七二四八円

(△は評価額の減少額を意味する)

(3) 更に被告税務署長は、本件相続税の申告内容について調査をした結果、以下に述べる財産について原告らから相続財産として申告がなされていなかつたため原告らに対し本件相続税の申告に係る修正申告の提出をしようようしたところ、昭和五四年一二月二〇日付けで原告らから被告税務署長に相続税の修正申告書の提出があつた。

(相続財産として申告がなされていなかった財産)

財産の明細

取得した人の氏名

種類

利用区分・銘柄等

価額

有価証券

(株式)

関西電力株式会社七五四株

七〇万七八八三円

前野穰

阪急電鉄株式会社二万四三〇〇株

六二〇万八八五九円

前野穰

預貯金等

定期預金(多田農業協同組合)

一六〇万円

前野穰

九七万一九六二円

前野田美子

家庭用財産

家具一式

二〇万円

未分割

その他の財産

山幸地産株式会社に対する貸付金

九五五万〇〇六六円

未分割

右表の財産のうち、未分割の財産である家具一式二〇万円と、山幸地産に対する貸付金九五五万〇〇六六円は、相続税法五五条(未分割遺産に対する課税)の規定により、相続人がそれぞれ三分の一を取得したものとして相続税の課税価格を計算することとなるので、結局右修正申告により原告らが相続により取得した財産の価額の増加額は、原告前野穰については一一七六万六七六四円、原告前野田美子については四二二万一九八四円、原告前野郁子については三二五万〇〇二二円となる。

(4) 被告税務署長は、右修正申告について昭和五四年一二月二六日付けで、原告らに対し相続税の過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(5) 被告税務署長は、昭和五四年一二月二〇日付け修正申告書の税額計算において、相続税の総額を原告ら各人に按分する際の計算に誤りがあつたため、昭和五五年三月三一日付けで、原告らに対し相続税の更正処分及び加算税の賦課(変更)決定処分をした。

右更正処分及び加算税の賦課(変更)決定処分により原告らが新たに納付すべき又は減少する本税の額及び過少申告加算税の額は次表のとおりである。

納付すべき又は

減少する本税の額

納付すべき又は

減少する過少申告加算税の額

前野穰

一二三万四〇〇〇円

六万一七〇〇円

前野田美子

△二二七万二二〇〇円

△一一万三六〇〇円

前野郁子

一〇三万八三〇〇円

五万一九〇〇円

合計

一〇〇円

〇円

(△は減少する額を意味する。)

右更正処分は、相続税の総額を原告ら各人に按分する際の計算に誤りがあつたことによるものであるが、右表の納付すべき又は減少する本税の額の合計が〇円にならないのは、端数金額の切捨て(国税通則法一一九条、国税の確定金額の端数計算等)によるものである。

(6) 原告らは、昭和五七年九月一〇日付けで昭和五四年一二月二〇日付け相続税の修正申告書中、山幸地産への貸付金九五五万〇〇六六円を取り消すとの決定を求める旨被告税務署長に更正の請求をした。

(7) 被告税務署長は、昭和五八年五月二七日付けで原告らに対し更正をすべき理由がない旨の通知(国税通則法二三条四項)をした。

(8) 原告らは、右更正をすべき理由がない旨の通知を不服とし、昭和五八年七月二一日付けで被告税務署長に対し異議申立をした。

(9) 被告税務署長は、昭和五八年一〇月二〇日付けで、原告らの右異議申立をいずれも却下する決定をした。

(10) 原告らは、右異議決定にも不服があるとして、昭和五八年一一月一九日付けで国税不服審判所長に対し審査請求をした。

(11) 国税不服審判所長は、昭和六〇年五月二七日付けで、右審査請求をいずれも棄却する裁決をした。

(二) 本件相続税について被告税務署長のした更正をすべき理由がない旨の通知処分の適法性について

(1) 原告らは、(一)の(6)及び(7)で述べたとおり、昭和五七年九月一〇日付けで被告税務署長に更正の請求をしたが、被告税務署長は、昭和五八年五月二七日付けで原告らに対し更正をすべき理由がない旨の通知をした。

ところで、国税通則法二三条一項(更正の請求)は、「納税申告書を提出した者は、……………当該申告書に係る国税の決定申告期限から一年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等……………につき更正をすべき旨の請求をすることができる。」と規定している。

(2) これを本件についてみると、本件相続税の法定申告期限は昭和五三年六月二九日(相続税法二七条一項)であるから、右規定による更正の請求ができる期限は昭和五四年六月二九日となるところ、原告らが本件更正の請求書を被告税務署長に提出したのは、前述のとおり、昭和五七年九月一〇日である。

(3) したがつて、本件更正の請求は法定の期限を徒過してなされた不適法な請求であるから、被告税務署長が、本件更正の請求に対し更正をすべき理由がない旨の通知をしたことは適法である。

(三) 本件嘆願書について

(1) 原告らは、伊丹税務署担当係官が更正請求の期間徒過を知悉しながら原告らに対し、貸付金債権が存在しないときは「嘆願書を提出すれば修正申告を取り消し、納付税を還付する」旨確約した以上、租税法における信義誠実の原則からいつても、原告らが貸金債権が存在しないとして嘆願書を提出したときは、被告税務署長において更正請求期限徒過後においても職権により減額更正処分をしなければならない義務を負う旨主張する。

しかしながら、いわゆる嘆願書については税法上の規定はなく、それはいわば納税者の要望ないしは陳情を述べた書面というべきであり、したがつて、被告税務署長は嘆願書の内容通りの更正処分をなすことを義務づけられるものでないのはもちろん、嘆願書に対する応答の義務もないものというべきである。

本件においては、被告税務署長は原告らから嘆願書の提出を受けたが、後記(2)に述べる理由により嘆願書の趣旨に沿つた減額更正は行えないと判断して右嘆願書提出後二年六か月を経過した昭和五七年七月ころ、その旨を原告らに通知したのであり、右通知の内容が嘆願書の趣旨に沿うものでなかつたからといつて、法定の更正請求期限を徒過した後にされた本件更正の請求が適法なものとなるものでないことは明らかである。

(2) 被告税務署長の部下職員は、原告らの嘆願書に基づき山幸地産に赴き被相続人の同社に対する貸付金について調査したところ、同人の相続開始時においては貸付金九九六万〇〇六六円と借入金四一万円とが存在し(修正申告ではこれらを相殺し貸付金九五五万〇〇六六円としている。)、右貸付金は昭和五四年一〇月三一日には一六〇万円となつていた。したがつて、右貸付金は被相続人の相続財産であると判断し、原告らの嘆願書の趣旨に沿えない旨の通知を行つたもので、右通知には違法又は不当と認められる点は何ら存しないのである。

2  被告国の主張

(一) 本件修正申告の無効要件について

原告らは、本件修正申告書にはその重要な部分に錯誤があり無効であるとして誤納金の返還を請求しているが、納税義務者が法定の是正方法によることなく、申告内容に錯誤が存することを理由として、右申告の無効を主張しうるためには、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、法律の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されないものと解すべきである(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決、民集一八巻八号一七六二頁参照)。

ところが、原告らは右要件について何ら主張していないので原告らの主張は不明確であるのみならず、原告ら主張の「誤納金」の算出根拠も明らかでない。

(二) 本件修正申告書提出の経緯について

(1) 原告らは、奥田實税理士に依頼して昭和五三年六月二九日付けで被相続人に係る相続税の申告書を被告税務署長に提出したが、それには本件で問題になつている被相続人の山幸地産に対する貸付金等の記載がなかつた。

(2) 被告税務署長の部下職員である中野健は、昭和五四年一〇月ころから被相続人の相続開始に係る原告らの相続税の調査に当つたが、その際、山幸地産の決算書類、会計帳簿等を閲覧するとともに、同社の経理担当者に対する聴取調査を行つた結果、被相続人が会長を務めていた山幸地産に対する被相続人の貸付金として九五五万〇〇六六円(貸付金と借入金を相殺したもの)が存在する事実が確認されたので、原告らに対して右貸付金が申告洩れとなつている旨指摘した。

これに対し、原告らは被相続人の遺品等を調べ、遅くとも昭和五四年一二月二〇日の本件修正申告書提出時までに右貸付金の存在を確認したのである。

(3) ところで、本件修正申告書提出の際、原告らは、右貸付金が回収できるかどうか不安である旨申し立てたが、右貸付金の存在自体については全く争わずに右中野健の修正申告のしようように応じて、本件修正申告書を提出した。その際、将来右貸付金が回収できなかつた場合のことも話されたが、修正申告書の提出に当たつて、原告ら主張のような嘆願書の提出があれば修正申告を取り消すというような条件は一切付されていなかつた。

(三) 本件修正申告の「しようよう」について

相続税法は申告納税制度を採用しているが、その適正な納税義務の確保のために、質問検査権(相続税法六〇条)に基づいて税務調査を行い、申告の内容が税務調査の結果と異なる場合には修正申告を「しようよう」することは被告税務署長として当然のことである。そして、原告らは右「しようよう」に何ら拘束されるものではなく、修正申告書を被告税務署長に提出するかどうかは、原告らが全く自由な意思で判断することである。

そして原告らは、前記三1(一)のとおり、本件修正申告書を被告税務署長に提出したが、右提出の経緯からみれば、本件修正申告書は、原告らの自主的な判断に基づいて提出されたものというべきであり、また、その内容についても何ら錯誤はなかつたものである。

四  被告らの主張に対する原告らの反論主張

1  瑕疵の「重大」かつ「明白」性について

(一) 被告国は修正申告の重要な部分に錯誤があつて無効であると主張するには、その錯誤が客観的に「明白」かつ「重大」であつて法律の定めた過誤是正方法以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情が存する場合に限るとして、最高裁判所昭和三九年一〇月二二日判決を引用している。

たしかに、従来の課税処分の当然無効に関する判例は、瑕疵の「重大性」とともに「明白性」を当然無効のための判断基準としていることは事実である。そして、その多くは瑕疵の「重大性」を認めながら瑕疵は明白でないとして当然無効を否定して来たのである。

しかるに、最高裁判所昭和四八年四月二六日判決はこの点に関し次のように判示している。すなわち、「一般に、課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば、当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであつて、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、前記の過誤による瑕疵は、当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である。」と。

してみると、瑕疵自体が明白であるか否かによつて当然無効の課税処分であるか否かを判断するのではなく、不服申立期間を徒過したことによつて当然出訴権を失わしめることが著しく不当と認められるような事情があるか否かをその判断基準とするものである。原告らの主張は右判例の趣旨に基づき本件修正申告の無効を主張するものである。

2  本件貸付金について

被告国は本件相続税の調査によつて山幸地産に対する貸付金九五五万〇〇六六円が申告洩れとなつている事実を確認したと主張するが、右貸付金は被相続人の相続開始時である昭和五二年一二月二九日には存在していなかつたのである。すなわち、被相続人が山幸地産に対し七〇〇万円を昭和四七年一二月一日に貸付けたが、その貸付資金は被相続人が訴外多田農業協同組合(以下「多田農協」という。)より借受けた七〇〇万円の金員をもつてこれに充てていたことが明白である。しかしながら被相続人の多田農協に対する借受け金七〇〇万円の弁済期日は昭和五二年七月一七日となつているにもかかわらず期日前である昭和五二年三月一日をもつて全額完済されている。

山幸地産に対する貸付金が多田農協から借受けた七〇〇万円をもつて充てられていること、及び多田農協に対する弁済が返済期日の四か月前も以前に全額完済されていることなどを併せ考えると、被相続人は昭和五二年二月末日ころまでには山幸地産から貸付金七〇〇万円の返済を受け、これをもつて多田農協に対する同額の借受金の弁済をなしたものであるといわなければならない。また、原告らから委任を受けた税理士寺杣四吉が本件修正申告後山幸地産に対し貸付金の返済方の交渉をしたところ、山幸地産代表取締役である犬塚勇次は借受金の存在を言下に否定し、若し貸付金の返還を求めるのなら借用証書等を提示せよといわれ、被相続人の遺品等を原告ら方に赴いて調査したが被相続人の山幸地産に対する貸付金の存在を裏付ける書類等は借用証書は勿論のことその他何一つとして見出すことはできなかつたのである。

結局、被告ら主張にかかる九五五万〇〇六六円の貸付金は、被告ら提出の各証拠によつては証明されていないばかりか、七〇〇万円の貸付金も遅くとも昭和五二年三月一日以前に山幸地産から被相続人に返済されているのである。

3  中野健の「しようよう」について

被告国は修正申告の「しようよう」は被告税務署長として当然であり、原告らは右「しようよう」に何ら拘束されるものではないと主張する。

しかし、修正申告が原告らの自由意思でなされたのなら全く被告国主張のとおりであるが、本件においては原告らは本件貸付金の存在を確知することができず、修正申告は拒否していた。しかし、相当係官であつた中野健は本件貸付金の存在を前提とし、修正申告書の内容も担当係官において作成し、これに捺印をせまり原告らが容易に応じないとみるや、貸付金が存在しないか又は回収できないときは嘆願書の提出により納付税額を還付する等と持ちかけ、その様な税務処理が可能であると原告らを信じさせ、原告らに不承不承修正申告書に捺印させたというに至つては適正なる質問検査にともなう修正申告の「しようよう」の範囲を逸脱したものであるといわなければならない。

なお、被告国は右修正申告書の作成提出の際に原告らが依頼した奥田實税理士が関与していたと主張するが、奥田實税理士は本件相続税の申告をしたものの、それ以降の課税処分、修正申告には全く関与していないし、原告らが依頼した寺杣四吉税理士も課税処分、修正申告には全く関与していない。

第三  証拠<省略>

理由

一被相続人が昭和五二年一二月二九日死亡し原告らはいずれもその主張の身分関係により被相続人の共同相続人となつたこと、原告らは昭和五三年六月二九日付けでその主張の相続税の申告書を被告税務署長に提出したこと、被告税務署長は昭和五四年一二月五日付けでその主張の課税価額等減額の更正処分をしたこと、原告らは昭和五四年一二月二〇日付けでその主張の修正申告書を被告税務署長に提出したこと、被告税務署長は昭和五四年一二月二六日付けで原告らに対しその主張の過少申告加算税の賦課決定処分をしたこと、被告税務署長は更に昭和五五年三月三一日付けで原告らに対し同被告主張の理由でその主張の相続税の更正処分及び加算税の賦課決定(変更)処分をしたこと、原告らは被告税務署長に対し昭和五五年一月二六日付けで原告ら主張の嘆願書を提出したが、被告税務署長は同嘆願書に沿う減額更正処分のみならずその応答もしなかつたこと、原告らは昭和五七年九月一〇日付けで被告税務署長に対し本件更正の請求をしたが、被告税務署長は昭和五八年五月二七日付けで原告らに対し更正すべき理由がない旨の通知をしたこと、原告らは同通知を不服として昭和五八年七月二一日付けで被告税務署長に対し異議申立てをしたが、被告税務署長は昭和五八年一〇月二〇日付けで同異議申立てを却下したこと、原告らは同異議却下決定に対し昭和五八年一一月一九日付けで国税不服審判所長に対し審査請求したが、国税不服審判所長は昭和六〇年五月二七日付けで同審査請求を棄却する裁判をし原告らに対し同裁決書謄本を送達したこと、原告らは被告国に対しその主張の相続税をその主張のとおり分納したことについては当事者間に争いがない。

二本件更正請求の適否について検討する。

1  国税通則法二三条一項の規定によれば、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が、国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたことにより、過大に税額を申告した等の場合には、「当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる。」旨定められている。

2  そして、法定申告期限から一年を経過した後であつても、国税通則法二三条二項(「更正の請求」)の規定に該当する場合、また、相続税については、相続税法三二条(「更正の請求」の特則)の規定に該当する場合には、更正の請求が認められるが、本件更正の請求は、前記通則法二三条二項又は相続税法三二条に規定する更正の請求ができる場合に該当しないことは明らかである。

3  そうすると、原告らは、国税通則法二三条一項により、法定申告期限後一年以内の昭和五四年六月二九日までに限り更正の請求ができるところ、本件更正の請求がなされたのは昭和五七年九月一〇日であることについては当事者間に争いがないから、本件更正の請求は法定期限徒過後になされたものというべきである。

してみると、本件更正の請求は適法になされたものとはいえない。

4  ところが、原告らは、伊丹税務署担当官中野健が法定期限徒過後であることを知悉しながら原告らに対し本件貸付債権が存在しないときは「嘆願書を提出すれば修正申告を取り消し、納付税を還付する」旨確約したので、租税法における信義則からいつても、原告らが本件貸付金が存在しないとして嘆願書を提出したときは、たとえ更正請求期限徒過後であつても、被告税務署長は職権で減額更正処分を行う義務があるといわざるをえないが、被告税務署長は原告らの嘆願書提出後においても減額更正処分はもとより何らの回答もせずに二年六か月間も放置したので、原告らは被告税務署長の職権による減額更正処分を促す趣旨で本件更正の請求をしたものであり、被告税務署長は本件更正請求を単に法定期限徒過を理由に却下することは信義則上到底許されない旨主張する。

そこで、原告らが本件更正の請求に至つた経緯についてみるに、前記一の当事者間に争いのない事実に加えて、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認定でき、同認定に反する前記証人中野健の証言及び原告前野田美子本人尋問の結果の各一部はいずれも前記各証拠に照らしにわかに措信できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告らは、奥田實税理士に依頼して昭和五三年六月二九日付けで被相続人に係る相続税の申告書を被告税務署長に提出した。

(二)  伊丹税務署の担当職員中野健(以下、「中野健」という)は、原告らの右申告に基づいて昭和五四年一〇月ころから原告らの相続税調査をし、被告税務署長主張の有価証券(株券)、預貯金及び家庭用財産が申告漏れとなつていることを確認したが、更にその際、被相続人が会長を務めていた山幸地産の決算書類、会計帳簿等の閲覧をもしたところ、山幸地産の貸借対照表(昭和五二年一〇月三一日現在)添付の借入金及び支払利子の内訳書の借入金欄には被相続人からの借入金九九六万〇〇六六円の記載があつたことから、同社経理担当者に対する聴取調査を行い、また大阪北税務署に赴き調査した結果、被相続人の山幸地産に対する貸付金と借受金とを相殺した残債権九五五万〇〇六六円は申告洩れとして相続税の課税価額に算入すべきものと判断して、原告らに対し右有価証券、預貯金及び家庭用財産のみならず右貸付金九五五万〇〇六六円が本件相続税の申告漏れとなつていることを指摘しその修正申告のしようようを行つたところ、原告らは右有価証券、預貯金及び家庭用財産については申告漏れの事実を異議なく認めた。しかし、原告らは右貸付金九五五万〇〇六六円については被相続人から何にも聞いていなかつたし、また被相続人の遺品等を調べたり、山幸地産に赴くなどして調査しても右貸付金の存在を証明する確たる証拠はなかつたけれども、中野健の前記調査結果や同人が後記のように嘆願書の提出を教示して修正申告のしようようをしたこともあつて、原告らは右貸付金の回収には不安を抱きつつも同貸金債権の存在自体については争わずに、これを相続税の課税価額に算入した本件修正申告に応じた(修正申告書は中野健が代筆し原告らが自ら押印した)。

なお、中野健は、本件修正申告のしようように際し、原告らの本件貸付金の存否についてというよりもむしろその回収の可否の不安に対し、もし回収できなくなつたときは、更正請求の法定期限後であつてもその事情を記載した嘆願書を提出するならば、何らかの考慮をするように事務の引継をしておく旨述べた。(しかしその際、既に本件更正請求の法定期限が経過していたが、中野健は原告らに対しその主張のような「嘆願書を提出したときは本件修正申告を取り消し納付金を還付する」と約束したりその他条件を付したことまでは認めるに足りる証拠はない。)。

(三)  原告らはその後寺杣四吉税理士に依頼して本件貸付金の調査とその回収に当つたが、前記貸借対照表の他には本件貸付金の存在を証明する確たる証拠はなく、また、仮に右貸付金が存在するとしてもその回収が困難であることなどから、結局回収不能として、昭和五五年一月二八日には本件貸付金に係る相続税の減額更正処分を求める嘆願書を被告税務署長に提出した。

(四)  被告税務署長は、右嘆願書提出後にも原告らに対し減額更正処分はもとより何らの応答もしなかつたので、原告らは被告税務署長に対し再三にわたつてその早期処理を求めた。他方、被告税務署長は右嘆願書に基づき本件貸付金の調査をしたところ、本件貸付金は被相続人の相続開始時には存在したがその後の期末現在高において減少していることを理由に、昭和五七年七月頃に至つて、右嘆願書の趣旨に沿つた更正処分を行うことができない旨を原告ら代理人寺杣四吉税理士に通知した。

(五)  そこで、原告らは被告税務署長に対し原告ら主張の約束をしたとして右嘆願書に基づく減額更正処分を促す趣旨で本件更正の請求をした。

5 ところで、原告らは、本件貸付金債権が存在しないとして、このことを前提に本件通知処分が信義誠実の原則に反し違法であると主張するので検討するのに、被相続人の相続開始当時本件貸付金債権が存在しなかつたと断定することができないことは後記三のとおりである。そしていわゆる嘆願書については税法上の取扱規定はなく、また、後記三のとおり、被相続人の相続開始当時本件貸付金債権が存在しなかつたものと認めることができない本件においては、嘆願書はいわば納税者の税務署長に対する単なる要望ないしは陳情を述べた書面ともいうべきものにすぎず、更正請求の法定期限経過後においても税務署長が嘆願書の内容のとおりの更正処分をしたりあるいは更正処分のための審査を行うべき義務を負うものでないことはもちろん、嘆願書に対する応答の義務もないものというべきである。したがつて原告らはその主張の嘆願書を被告税務署長に対し提出したとしても、法定期限後になされた原告らの本件更正の請求が適法なものと解すべき法的根拠及び合理的理由はなく、したがつて、被告税務署長が本件更正請求は不適法なものとして原告らに対し更正すべき理由がない旨通知したことには何ら信義則に違反し、違法とすべき点はないものといわざるをえない。

してみると、被告税務署長のした右通知処分を違法としてその取消しを求める原告らの請求は理由がないものといわざるをえない。

三原告ら主張の過誤納金返還請求について

1  原告らは中野健の示唆又は強要によつて本件貸付金九九六万〇〇六六円が存在すると誤信して本件修正申告をしたのであるから、本件修正申告は課税要件の根幹に錯誤があり、かつ、本件更正請求が認められないときには、法律の定めた過誤是正方法以外の方法による是正が許されないこととなり、原告らの利益が著しく害される特段の事情がある場合にあたるといえるので、本件修正申告は無効としてその過誤納金の還付と法定の還付加算金の支払いを求めるものである。

ところで、原告ら主張の過誤納金還付の計算根拠自体が明らかにされていないが、この点はともかくとしても、納税義務者が法定の是正方法によることなく、申告内容に錯誤が存することを理由として、申告の無効を主張しうるためには、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、法律の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されないものと解すべきである(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決、民集一八巻八号一七六二頁参照)。

2 これを本件についてみるに、前記二の経緯と理由により、原告らは本件貸付金九五五万〇〇六六円については遅くとも昭和五四年一二月二〇日の本件修正申告書提出時までには、その回収については不安を抱きつつも貸付金の存在自体については争わずに本件修正申告をしたものといわざるをえない。

そこで本件修正申告中の本件貸付金債権が存在するとの記載が真実に反し現実には相続開始時に存在しなかつたか否かの点について検討をすすめると、原告本人尋問の結果及び成立に争いがない乙第三号証中にはもともと被相続人は山幸地産に本件貸付金の貸付をしたことがない旨の部分があるが、前記二4の認定に用いた各証拠によると、原告らは本件修正申告をした後において寺杣四吉税理士に依頼して右貸付金について更に調査しその回収を図つたところ、被相続人は昭和四七年一二月一日多田農協から七〇〇万円を借り受けたが、昭和五〇年七月一八日には同七〇〇万円につき借り替えて借用証書を作成交付し、その後分割返済を続け昭和五二年三月一日に完成したことが判明し、他方、被相続人の遺品の中から発見された手帳には、被相続人は昭和四七年一二月一日山幸地産に七〇〇万円を貸付けたことと、山幸地産が昭和四八年一〇月一日以降その元利金を一部返済した結果、昭和四九年七月一日現在における元本残額は六〇〇万円となつた旨が記載されていること、また、原告ら三名の代理人である寺杣四吉税理士作成の本件嘆願書には、被相続人は山幸地産に対し昭和五一年一一月一一日金二八五万二九四一円を、同月一八日金一一〇万七一二五円をそれぞれ貸付けた旨を税務署員が告げたことがあるとの記載があり、右記載の数字を元本残額六〇〇万円と合計すれば本件貸付金額と一致することなどが認められ、これらの事実と対比すると、前示のとおりの原告ら主張に有利な証拠だけからは、もともと本件貸付金の貸付が行なわれた事実がないことを推認することはできず、他に右貸付行為不存在の事実を認めるに足りる証拠はない。

しかし、この点について、被相続人は昭和四七年一二月一日多田農協から借受けた金七〇〇万円を完済していることなどからして、被相続人は山幸地産に対する貸付金の返済を受けてこれを多田農協に対する借入金の返済にあてたことは明らかであり、したがつてまた本件貸付金は遅くとも被相続人の相続開始時には既に完済され存在しなかつたことが明らかであると主張するけれども、本件貸付金の完済を証する領収証等の証拠もなく、一方前示乙第三号証によると、山幸地産代表者犬塚勇は、原告らの税務代理人である寺杣四吉税理士の調査に対し本件貸付金の存在を否認することに終始していることが窺われ、また前示のとおりの山幸地産の内訳書中の本件貸付金の計上が虚偽記載であると認めるべき特段の事情もないことを併せ考えると、被相続人が多田農協に対する債務を完済したからといつて、直ちに被相続人が山幸地産から本件貸付金の返済を受けたと断定することはできない。

してみると、被相続人の相続開始時に本件貸付金が存在しなかつたとは到底いえないので、本件修正申告において貸付債権の存在という課税要件の根幹について原告らに錯誤があつたとは到底断定できない。

したがつて、原告らの被告国に対する請求はその余の点について判断するまでもなく失当といわざるをえない。

四以上の次第で、原告らの各請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官植野聡)

別紙別表一 (1)~(5)<省略>

別紙別表二 課税の経過表<省略>

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